ケーススタディー: 琴平バス様
琴平バス
執行役員 企画開発部 統括
山本紗希氏
コロナ禍で逆風の観光業界、香川県のバス会社が注目を集める理由
メディアで話題の全国初オンラインバスツアー
ファン・リピーター続出、世界にコトバス発信
関西の自宅です。コロナ以前は月に1週間から10日くらいは高松で、それ以外の日は関西にある自宅と2拠点で仕事をしていましたが、コロナで私の働き方も変わりました。今年になって、一昨日初めて高松に行ったくらいで、今はほとんど自宅のある関西で仕事をしています。
コトバスグループの新日本ツーリストに入社後、企画営業部に配属され、香川県発着の日帰りのバスツアーに関するチームでツアーの企画や添乗員、チラシ作成などの業務を行いました。結婚を機に、香川を離れることになりましたが、その時、社長(楠木泰二朗氏)から「リモートワークで仕事をしてみたら」という提案をいただきました。それからは関西の家が私の仕事場です。
3月にはすべてのバスツアーが止まってしまい、3月、4月と何もすることがない状況でした。バスツアーの利用者のほとんどが地元のお客様で、中には毎週利用される方もいるほどで、「大変やと思うけど頑張って」とわざわざ事務所まで差し入れを持ってきてくださる方もいました。こうして支えてくださっている地元のお客様に少しでも安心してもらいたいという気持ちが大きくなりました。
ちょうどオンライン宿泊などのオンラインサービスが出てきたころで、それならばオンラインによるバスツアーをやってみたらどうかと企画会議で提案しました。
企画開発部の社員は20代が多いのですが、若手からは「オンラインでは旅行に行った気分にはなれない」と、誰ものってくれませんでした。唯一、社長だけが「やってみたら。コロナ禍で売り上げがゼロなのだから失うものは何もない」と背中を押してくれました。
やるなら一番手でないと意味がありません。4月28日の企画会議でオンラインツアーを実施することが決まったのはいいのですが、その3日後には、社外の方も集めてリハーサルをすることになってしまいました。リハーサルは、トライアルツアーとしてZoomで行いました。観光地のスライドを見せ、それにアテレコを入れるといった内容でしたが、「これではお金を払ってもらえない」と言う声が上がり、散々な結果に終わりました。
その場で「ライブ中継が欲しい」「バスの走行している絵が欲しい」という声が出てきたのですが、その時参加されていた島根県の石王観光さんが「ライブ中継ならやってみよう」と手を挙げてくださいました。そうしてオンライン第1弾として実施したのが島根県西部への石見神楽鑑賞ツアーです。本番前にもう1回トライアルツアーをし、5月15日に一般のお客様をお迎えすることができました。
プレスリリースを高松の記者クラブに投げ入れしたり、これまで取材いただいた方にメールでお送りしたり、通常のメディア誘致を行いました。そのうえで15日のサービス開始に当たり、一般のお客様だけでなくメディアの方にも実際に体験していただこうと、地元の新聞社やテレビ局、旅行関係の媒体にもお声掛けしました。
メディアの方には思っていた以上に面白がってもらえました。まず地元のメディアで取りあげていただき、そこから火が付いたように全国ネットのキー局でも紹介してもらえました。
3月22日現在で、催行が160本以上で集客数は1574人に上り、企画数も30種類を超えました。地元のお客様に向けて始めたツアーでしたが、全国ネットのテレビ番組で取りあげてもらったことで、今では全国のお客様にご利用いただいています。いろんな地域のお客様とお会いできるのが一番楽しいですね。
ライブ中継があるから臨場感がありますし、その中継で現地の人とおしゃべりできる点がポイントです。動画やテレビ番組の映像と違い、ライブ中継には臨場感とそこに「人」が加わることで、現地に行きたくなるような何かが生まれるのかもしれません。
リアルなツアーは添乗員さんやバスガイドさんが案内しますが、そこでも現地の人が絡んでくることは少ないのです。場合によっては、リアル以上に人とのふれあいが楽しめるのがコトバスオンラインバスツアーの魅力です。ご協力いただいている石王観光のスタッフさんが神楽の見どころをお話してくださったり、神楽が演じられる神社などを案内したりしてくれます。
オンラインツアーはリピーター獲得を最優先に取り組んでいますが、オンラインのお客様をリアルにつなげるための地域への誘客もまた大きな目的です。先ほどお話ししたように、地域の方と仲良くなって、実際にその地を訪れてもらいたいと思います。
お土産として地元の特産品をつけたのも地域への貢献という意味合いがあります。オンラインは無料であるという風潮がありますが、企画当初から有料で買ってもらえるような商品設計にしたいという思いが強くありました。ですので、プランナーが現地の方とともに選んだお土産には自信を持っています。
バス会社ですので、バス旅の楽しさが伝わるように、オンラインでは背景画面をバスの車内にしてもらったり、バスの車窓の映像を流したりして没入感を演出しています。
トライアルの際に段ボールで作ったシートベルトを試してみたところ好評で、お客様にはツアー当日までにお送りしています。ツアーではプランナーもお客様もZoomの背景を合わせ、シートベルトをして同じ格好をすることで一体感を演出しています。
そうですね。コトバスツアーを始めた2011年当初から、ツアーを企画した人間が添乗員をしないといけないという決まりが当社にはあるのです。ツアーの見どころやポイントを一番分かっているプランナーが添乗し、ツアーの魅力をより深く伝えたいという狙いがあります。ツアー終了後、お客様から「ここはこうした方がいい」などと直接アドバイスをいただくことも多く、添乗は毎回勉強になります。
ツアーの間約2時間常に見られているので、なるべく笑顔をキープするようにしています。「車内」で4択のクイズを出したり、一緒に歌を歌ったり参加型にし、飽きさせない工夫を凝らしています。
それは私が企画しました。案山子が乗る祖谷バスですね。高松空港と徳島県三好市の大歩危や、かずら橋などがある祖谷地区を1日1往復する定期路線バスで、2018年7月から運行しています。現在はコロナのため全便運休していますが、観光地に行くバスなのでお客様には楽しい気分になってもらいたいとアイデアを巡らせました。
祖谷のさらに奥の名頃地区に、案山子を作る有名なお母さんがいることが分かったので、お客さんが少ないときはバスに案山子たちを乗せたらどうかという話になりました。案山子は、お母さんの所に出向き、作り方を教わりながらスタッフが手作りしました。
「バスの中に囲炉裏があったら面白いよね」と冗談で話していたところ、社長がすぐ確認してくれて「技術的にできるらしい」と話が進んでいきました。そうして後部座席を取り外して囲炉裏を置いて写真撮影スペースにしました。「バスならお客さんがいっぱい乗れた方が得なのに、こんなバスってないよね」と皆で笑いながら作りました。これもかなり取材していただきました。バスマニアの方も大勢お見えになり「ヤバいバス」と喜んでもらえました。
ワクワクすることが好きなもので……とにかくお客様が楽しんでもらえるにはどうしたらいいのか考えてしまいます。
うどんタクシーもそうですが、奇抜なアイデアも「まずはやってみよう」というのが当社のいいところだと思います。
三重県が公募した「バリアフリー観光推進に向けたオンライン旅行促進事業」に当社の提案が採用され受託したもので、聴覚障がい者の方やそのご家族に安心・安全に観光を楽しんでいただけるために企画しました。当社では社員旅行や修学旅行など、オーダーメード型のオンラインツアーも行っています。その中で福祉施設のイベントとしてもご利用いただいていましたが、ライブ中継における手話ガイドなど、自社だけでは難しいなと思っていたところに、三重県の公募がありました。
プランナーの私が皆さんとチャットでも会話しながら、伊勢神宮や「朔日参り」のご案内をしました。画面には字幕を付け、県聴覚障害者支援センターさんによる同時手話通訳もありました。障がいのある方だけでなく、そのご家族も楽しめるように、完全に音無しにはせずに、参加していただいた皆さんが何らかの方法で楽しめるようにしました。
通常のオンラインツアーでは台本がありますが、アドリブも多く入ります。しかし、このツアーでは手話通訳さんが対応できるように台本通りに進行しました。ただ、私が手話ができないので、障がいのあるお客様と直接お話できないというもどかしさが残り、その点が課題です。手話のできるプランナーが添乗すれば、もっと楽しくなると思います。
3月7日にオンラインでニュージーランドに行く海外ツアーを実施しました。これも国内と同じように現地と生中継し、事前に撮影した動画も使って臨 場感を出しています。
こうした海外に行くオンラインツアーは大手の観光会社さんもトライされていますが、逆パターンとなる、日本のことを海外に紹介するというオンラインツアーはまだ少ないのではないかと思います。当社はすでに、米国の旅行会社と提携し米国の参加者を四国のバーチャル旅行に案内するオンラインバスツアーを3月中旬までに3回行っています。今後はこうしたインバウンド向けのオンラインツアーにも力を入れていきたいと思っています。
まだ先行きが読めませんが、引き続き国内のオンラインバスツアーに注力していきたいと思います。コロナが収束したからといって、オンライン旅行の使命が終わってしまうとは思っていません。オンラインバスツアーは今後、リアルな旅の「下見」として活用されるのではないかと私は考えています。
“地域に行く”というだけではなく、“地域の人に会いに行く”ことが次の旅のスタンダードになっていくと素敵ですよね。
テレワークマスターでもある山本さんだが、決してソロワークではない。テレワークの課題として挙がる社内コミュニケーションはどうしているのだろうか。以前はメールが主流だったというが、「チャットだと連絡がスムーズです。チャットは全体、企画のグループといった個別に分けられており、一日中チャットの着信音がにぎやかです」と語る。コトバスに対する注目度の高さは、こうした活発なコミュニケーションがあってこそだろう。
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