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ケーススタディー: 伊勢半様

伊勢半
開発本部 デジタルマーケティング・広報宣伝部 部長
大町龍氏

伊勢半の採用プロジェクト、ブランドメッセージを体現

共感広がる「顔採用」、エントリー数倍増
「KISSMEの方向性、社内にも浸透」

企業広告が、言葉の使い方一つで炎上してしまうケースが後を絶たない。そんな中、「顔採用、はじめます。」というコピーで採用活動を行ったのが、化粧品メーカーの伊勢半である。対象となったのは商品企画部門とデジタルマーケティング・広報宣伝部門の2部門。エントリー数が倍増したばかりでなく、社内にブランドの方向性を浸透させるなど、インナーブランディングにも効果があったという。強烈なキャッチコピーにもかかわらず、炎上しなかったのはどうしてなのか。
今年の新卒採用で「顔採用」を打ち出しました。この強いメッセージを発信した理由から教えてください。
「顔採用」とは・・・2020年の新卒採用で、商品企画職とデジタルマーケティング・広報宣伝職の2職種で導入。日経への全面広告を起点にSNSで話題が拡散。リツイート数は約46,000に上った。写真はコンセプトムービー㊤と、学生の個性あふれるスタイルで華やいだ今年の会社説明会㊦。

「顔採用」といっても、メイクのテクニックや、当然ながら容姿で判断するものではありません。自分らしい見せ方をしていただければ男性も女性も、すっぴんでもフルメイクでも大歓迎です。

「顔採用」はそもそも、当社のコーポレートブランドである「KISSME」(キスミー)のブランディングプロジェクトから始まりました。「KISSME」ブランドは「私らしさを、愛せる人へ。」というメッセージを掲げています。その広報活動として、2018年に「あるべきってないべき」というコピーで、女性の年齢や性別による「こうあるべき論」はいらないというメッセージと「KISSME」ブランドをPRするためのイベントを渋谷で展開しました。

今年は第2弾のプロジェクトとして、「顔採用」という取り組みを実施しました。化粧品メーカーとして、画一的な服装やメイクといった個性を抑圧するような就活を変えようというメッセージを社会全体に投げかけたいという思いがありました。そのためには、あえて強い言葉が必要だったのです。

「顔採用」は商品企画部門とデジタルマーケティング・広報宣伝部門の2職種で行われました。商品企画や広報ではどんな人材を求めているのでしょうか?

当社はドラッグストアなどで手軽に選んで購入できるセルフメイク品を扱っています。大手メーカーと違い、かけられるコストも限られるなかで、お客様に選ばれる商品を出し、商品情報を可能な限りお伝えしています。

今は企業のメッセージが届きにくい時代と言われます。企業の思想や哲学をどのように伝えていくのか。どのメディアに向けて発信すれば効果的に伝わるのか。これまでの発想では、お客様とのコミュニケーションも立ち行かなくなるのではという危機感を持っています。

この2職種は、特に新しい発想でチャレンジしていくことが求められる職種だと認識しています。「自分らしさ」を表現してもらい、本当の「あなた」を見せていただきたいというのが意図です。さらには、強いメッセージを発信することで、これまで伊勢半という会社に興味がなかった方にもエントリーしていただきたいという狙いもありました。

「顔採用」の大まかな流れを教えてください。

まず、「私らしさ」を表現している写真を最大3枚と、それとともに200字程度で自分らしさをアピールする作文も提出していただきました。それらをもとに選考し、通過された方には会社説明会に参加していただきました。その後は、エントリーシートの提出やグループワーク、面接といった一般的な選考フローとなっています。

応募は特設サイトから応募する方法に加えて、今回初めてインスタグラムからも応募できるようにしました。学生さんが普段通りの自分が出せるツールも活用したいと考えました。

日経に掲出した全面広告を起点に、SNSで一気に話題が拡散しました。新聞広告を活用した理由は何でしょうか?

2020年度の就活解禁日となる3月1日の日経新聞に採用広告を掲出することで、当社のメッセージを明確に伝えたいと考えたのが一番の理由です。企業が自らの意思を発信する場合、他媒体と比べて、今でも新聞メディアの持つ影響力は依然として大きいと考えています。

実際、新聞広告がきっかけとなって、その日のうちに「ヤフートピックス」で取りあげられ、その翌日にはフジテレビさんの「めざましどようび」で紹介されるなど、ものすごいスピードで広がっていきました。リリースの転載を含めると、これまで約100媒体で記事化されました。

このところ問題となっているのが、ネット上で非難が集中する炎上という現象です。炎上は採用だけでなく、企業活動全体に大きな影響を与えます。炎上リスクについてはどうお考えでしたか?

社内でも炎上リスクに対する議論はありましたが、「私らしさ」に寄り添う、個性を応援する当社だからこそ、伝えられることがあるのではないかと判断しました。反響は私たちの予想を大きく上回るものでした。何よりも驚いたのは、SNSなどネット上でも、予想されたネガティブな反応がほとんどなかったことです。

今の企業にとって、採用広報は必須だと思います。少子・高齢化などで労働人口も減り、人材の獲得競争が激しくなっています。学生さんも企業の姿勢や社員の働き方などをよくご覧になっています。「顔採用」の取り組みでも、単に話題になればいいというのではなく、当社が求める人材を獲得しなければならないというところがゴールです。そこに採用広報の難しさがあると実感しました。

広告のボディコピーには「ノーメイク」という言葉もありました。化粧品メーカーでありながら、メイクが前提でなく、自分らしさを出してほしいという内容で共感を呼びました。

そうですね。当社の社員みんなが、ばっちりメイクをしているわけでもありません。そういった社内事情を含め、採用広告には自分らしさをしっかり持って発信できる方であれば、活躍できる会社であるというメッセージを込めたつもりです。

新聞広告と合わせて、特設サイトでは「顔採用」のコンセプトムービーを公開し、企画意図をより分かりやすくお伝えしました。どのくらい応募してくれるかどうか不安でしたが、私たちの想像をはるかに超える数のエントリーがあり、会社説明会には皆さん思い思いの服装で参加してくれました。2職種以外の総合職の採用にも、今年はリクルートスーツでない方がたくさんいらっしゃいました。これも「顔採用」効果と言えるかもしれません。

今回炎上しなかったのは、貴社のユーザーとのコミュニケーションの仕方にも、その理由があるという気がします。公式サイト内のファンサイトにある各ブランドのSNSを見ると、普段から応援する熱いファンの口コミであふれています。

SNSが普及する以前から、当社は大々的な広告宣伝を打たないにもかかわらず、口コミにより圧倒的なご支持をいただいてきました。若い女性に人気の『ヒロインメイク』は、企業からの発信ではなく、ユーザー間の口コミから評判が広がって、当社を代表するブランドに成長していきました。ブランドが育っていく様子はこれまで見えませんでしたが、SNSの登場で、それが顕在化されるということを『ヒロインメイク』で学びました。

当社はお客様に直接販売していませんが、SNSの普及により、直接お客様とコミュニケーションをとることができる環境になりました。顔こそ見えませんが、一人一人のお客様に対するように、SNSのコメントには必ず返信するようにしています。そういう意味では、何よりも丁寧なコミュニケーションを心掛けています。

『ヒロインメイク』といえば、その世界観を落とし込んだラッピングバスが印象に残っています。こうしたリアルイベントでは“体験”を重視されていますね。

㊤伊勢半のヒット商品の一部。左から『ヒロインメイク ロング&カールマスカラ スーパーWP』、『ヘビーローテーション カラーリングアイブロウ』、『キス マットシフォン UVホワイトニングベースN』、『キスミー フェルム 紅筆リキッドルージュ』
㊦『キスミー フェルム』の体験イベント

「ヒロインメイクバス」を覚えている、とおしゃる方は多いですね。今は実施していませんが2011〜12年に、車内でヒロインメイクが体験できるラッピングバスで全国をキャラバンしていました。当社のメイク品は価格以上の価値があるという評価をいただき、世代を問わず多くのお客様にご利用いただいています。自社店舗を持たない当社にとって、お客様に商品情報を十分にご提供できていないという点が課題となっています。ですから、SNSでもリアルでも、商品を知っていただけるような取り組みは欠かせません。

現在は、50~60代向けの『キスミー フェルム』の体験イベントに注力しています。販促というよりも、イベントを通じてメイク自体が楽しくなるような体験をご提供しています。小さなことかもしれませんが、当社の各ブランドではサンプルをご提供し、そして、しっかりとお客様のお声を聞き、商品にフィードバックするという一連のサイクルを大事にしています。

最後に、「顔採用」の取り組みが貴社にもたらしたものは何でしょうか?

「顔採用」については、来年度も継続するかどうか、現在検討中です。今回、学生さんにお目にかかってお話ししてみると、確実に私たちの企業姿勢が伝わっていることを実感しました。さらには、NHKさんでもご紹介いただき、学生さん以外にも本当に多くの方に「伊勢半」という会社が認知されたのは、大きな実りです。

実は、今回の取り組みについては社内でも役員や人事など一部にしか知らせずに進めました。新聞広告が掲出される前日に、「あす日経新聞に採用広告が出ます」とアナウンスしたのみです。3月1日、本社の玄関にポスターを掲示し、全社員に「顔採用」をそこで初めて周知しました。社外のお客様はもちろんですが、社員にも「KISSME」というブランドが今どこを目指しているのか、伝わったと思います。インナーブランディングとしても大変効果のあった取り組みにもなりました。

当たり前のことではありますが、企業がメッセージを伝える際、ブランディングでも採用広報でもそうですが、一つ一つのコミュニケーションを丁寧に積み上げていくことが大切だと思います。

<株式会社伊勢半> 創業:文政8年(1825年)
創業190年以上の老舗企業として知られる伊勢半。伝統を大切にしながらも革新的な社風が真骨頂だ。大人気ブランド『ヒロインメイク』は若手社員が提案して商品化された。「当社には若手であっても提案する場があり、そのまま商品担当になるチャンスがあります。いつでも誰もがチャレンジできる、そういう会社であり続けたいですね」と大町さんは語る。
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