ケーススタディー: 乃村工藝社様 (2017年6月号掲載)
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乃村工藝社
スポーツぶんか事業開発室
室長 原山麻子氏(右)
西崎哲男氏(左)
選手と企業の相乗効果高まる
西崎: 「アスナビ」という企業とアスリートを結ぶ日本オリンピック委員会(JOC)の就職支援制度を通じて、2014年11月に入社しました。前職に比べトレーニング時間の確保や競技にかかる費用負担など初めから私が望んでいたベストの状態を会社に作ってもらえました。
ただ、大阪事業所勤務となり出社は週2回、大会の報告などで役員や役付きの部長と話すことがほとんどでした。同僚と仕事上の話や普通の会話ができない状態に「何かお客さんみたいだな」と感じていました。
15年9月の西日本選手権の試合会場でのことでした。試合後、「リオについてどう考えているの」と話かけてくれたのが原山さんでした。「現時点では出場できるかどうか分かりません」と答えると原山さんは驚いたようで、試合後1時間くらい2人で話をしたでしょうか。
「もう少し詰めて話したい」と、その後本社でミーティングをしました。そこで初めてパワーリフティングという競技について話をしたのを覚えています。「自分と競技を理解しようとしてくれる人がいるんだ」。そこから私も会社も変わっていった気がします。
原山: 人事からアスリート採用の効果として、アスリートが活躍すれば社員に連帯感が生まれ、より社内の士気が高まるといったメリットが期待できると聞いていました。しかし、2000人を超える社員がいる中で応援に駆け付けたのが5、6人でどうして会社が一丸となるといえるのだろうと疑問に思いました。
しかも整った練習環境で競技に専念している西崎君の記録が伸びていない状況に「どうしてなの」と納得がいかなかった。聞いてみると、肩を故障していてベストの状態に戻している段階でした。
それで出たのが「リオはどうなの」という質問でした。リオに出場できる可能性が1%でもあるなら会社や私たち仲間が何ができるのか、そこを徹底的に話し合う必要があると思いました。
試合会場で彼に「出場するためには何が必要なのかをまとめ、レポートを私に提出して」と言いました。すると翌日にレポートを出してくれたのです。彼の本気度が伝わってきました。そこでスポーツに詳しい本社の同僚にもミーティングに参加してもらい、話し合う中で現状と課題が明確になっていきました。
すぐに支援施策をまとめ会社に上申したところ、即承認されました。彼のレポート提出から約1カ月後のことでした。
原山: リオまであと1年、待ったなしで、リオに出場するには特定の国際大会の記録に基づく世界ランキングで出場枠を獲得しなければなりません。スポーツぶんか事業開発室では、出場の条件や現状についての分析を徹底的に行いました。
西崎: もともと2020年の東京大会を目指していました。仲間がランキングや他の選手の動向を分析してくれ「この大会で記録を出せばランキングが上がるのでは」と、リオへ背中を押してくれました。
原山: 連盟にも全面的にご協力いただき、15年12月に「西崎哲男選手とパラ・パワーリフティングを応援しよう!」と題した社内セミナーを本社で開きました。
連盟などからの招待者や社員など総勢120人が集まり、日本記録保持者の2選手、大堂秀樹選手と小林浩美選手によるデモンストレーションを行うなど大盛況でした。
パラ・パワーリフティングの国内大会は通常、全日本・西日本の年2回でなかなか試技を見る機会がありません。社内イベントにも関わらずJOCの関係者やメディアの方々も多く来場され、社員や参加者に実際に競技を体験してもらい競技への理解を深めてもらいました。
中には70キロを挙げた参加者もいましたが、国際審判員に判定してもらうと全員が「失格」という結果でした。身を持って競技の難しさを実感できたと思います。
さらに、日本障がい者スポーツ協会の井田朋宏企画情報部長に「パラスポーツの魅力と価値」というテーマで講義をしていただきました。競技だけでなくパラスポーツに対する理解も深まり、一番の目的である社を挙げての応援の重要性や必要性を共有できました。
西崎: 国際パラリンピック委員会(IPC)公認のベンチ台は国内に数台しかなく、入社後しばらくは、健常者用の台で練習していました。上申の際に、本番さながらの練習をしないといけないということで、公認ベンチ台の購入を施策に盛り込み、会社もすぐ承認してくれました。
大阪事務所に2月にベンチが設置されたのをきっかけに、社内でベンチプレスの部活動が始まりました。東京・大阪で合わせて30人くらいで活動しています。
原山: 強いチームを作る社内文化があるので、IPC公認のベンチ台購入にしても社内セミナーにしても、情熱を持って意見を上げていけば、会社は躊躇なく即OKを出してくれます。経営層の判断とそのスピードに感謝しています。
原山: スポーツぶんか事業開発室は20年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、スポーツや文化振興を目的とした事業開発を行っており、オリンピック・パラリンピックに関する情報は同室で集約し全社に発信しています。
彼には約600媒体から関連記事をクリッピングしてもらうなど、情報収集の一端を任せています。オリンピック・パラリンピックに向けて世の中の動きを知ることが彼にとってプラスになるだろうと考えています。
西崎: 原山さんからよく言われるのは「仕事とスポーツは一緒」ということです。私はこれまで、スポーツの世界で自分の感覚だけを頼りに一人でやってきましたが、スポーツも仕事も情報を集め、チームで情報を分析することが大切だと知りました。
ランキングの分析などは私一人でできることではありません。「仲間がいてこそ」です。競技で仲間に返すことはもちろんですが、日々の仕事においても少しでも役に立てたらと思うようになりました。
原山: 競合他社を調べる、目標やノルマを設定してそこにどうアクションしていくか、これらは仕事でもスポーツでも共通する部分ではないでしょうか。彼には競技者としてのマインドを教わりながら、お互いに刺激し合っています。
原山: 関係法規の順守はもちろん、完成物件で障がい者への配慮が十分であるかといった見えない部分で、障がいを持つ人の気持ちにまで気を配るようになったという声を聞くようになりました。
彼が近くにいることによって、普段から不便に感じることやこうしたらいいといった声が自然と上がるようになりました。この動きが全社的に広がっていけばいいですね。
西崎: 会社には私の実力に見合わないくらいの応援をしていただいています。家族を含め、応援してくださる方々に20年の東京では歓びと感動を与えられるよう全力で進んでいきたいと思います。
現在は目標を9月にメキシコで開催される世界選手権に置いています。この大会から東京に向けてのランキング争いがスタートします。2月のドバイのW杯では3回中2回の試技が規定違反となってしまいました。メキシコでは3回ともすべて成功させるような試技ができるよう、練習に励んでいます。
原山: パラスポーツの支援という括りでは見落してしまうものがあるように思います。特に「支援」という言葉に違和感を持ちます。
私にとって、西崎君は同僚であり仲間にほかなりません。期間限定の「支援」でなく永続的に支えていきたい。当たり前に、ごく自然に、ともに取り組んでいく、そんな関係性がもっと広がっていってほしい、仲間だからこそできることは多いのですから。