ケーススタディー: 東京国立博物館様 (2015年1月号掲載)
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東京国立博物館
学芸企画部広報室
広報室長
伊藤信二氏
「博物館での楽しみ方」を発信
当館の広報では何よりもまず展示と、それに関連した企画やイベントを広く知っていただくということに主眼が置かれます。広報室は現在7人体制で展示に関わる広報全般の発信業務を行っています。
恒例の「博物館に初もうで」
(2015年1月2日)
「初もうで」はかなり定着した観がありますね。今年も多くのお客様にお越しいただきました。初日の1月2日は8500人と人気の特別展にも匹敵するような来館者数となりました。
特別公開として期間限定で有名な国宝などの名品を見ることができ、干支にちなんだ作品もトーハクならではです。和太鼓演奏などの正月関連のイベントもあります。
自主企画なので、限られた予算の中でチラシ・ポスターを作成したり交通広告を出したりしてPRしています。今回の「初もうで」は日本橋・銀座三越とコラボレーションしました。共同での取り組みはイベントを周知する上で大変効果的でした。
特別展も大事ですが、当館の豊かなコレクションを有効に使い、どう多角的に美術品や歴史的資料をお見せすることができるのか知恵を絞っています。
平常展は、総合文化展と呼んでいますが、総合文化展の活性化が大きな命題であり、そのために年に3つの大きな企画があります。
「初もうで」のほかに春は「博物館でお花見を」、秋には「博物館でアジアの旅」があります。「アジアの旅」は2013年にリニューアルオープンした東洋館をフックにして、東洋美術の名品をご覧いただきアジアの旅を感じてもらうという企画です。
これまでトーハクでは「国宝展」を2014年以前に3回開催していますが、絵画、彫刻、工芸、考古、歴史資料、書跡・典籍といったジャンル別に展示していました。
そうしたジャンル別ではなく、新しい切り口での展示を考えました。各分野の研究員からなるワーキンググループで、テーマや展示内容を検討しました。
国宝には仏教などの信仰に関する美術が多く指定されています。ただ、信仰というものを押し出したものばかりでなく、背景や底流に信仰や祈りがあるものもあります。そういった日本文化の精神史を、国宝を再構築して提示するという意図がありました。
■「総合文化展」と「特別展」
総合文化展の展示は、主に所蔵品と寺社などからの寄託品で構成される。2011年に「平常展」から名称を変更した。特別展はあるテーマを設定した大規模な企画展示で年3〜5回程度開催。■「日本国宝展」
トーハクでは1990年と2000年に計120万人を動員した「日本国宝展」を14年ぶりに開催。出展されたのはすべて「国宝」。土偶5体をはじめ「漢委奴国王」が刻まれた金印、出品中、唯一の建造物である奈良時代の「元興寺極楽坊五重小塔」など120件に上った。「祈り」をテーマに展示し、入館者数は30万人超に及んだ。「日本国宝展」記者会見で見どころを語る伊藤広報室長
それぞれの専門分野の研究員が作り上げいくのが特別展です。私も工芸専門の研究員として、また広報として大変やりがいを感じました。
当館では、二足のわらじは普通のことです。私も広報室の前には教育普及室にいました。研究員と教育普及活動の両方を行っていました。
基本的に特別展であればある一定の流れがあります。
まずプレスリリースを作り、記者発表を行います。展覧会によっては記者発表の段階くらいから仮チラシ、仮ポスターを作り、それから本チラシ、本ポスター作成と畳み掛けるような感じで打ち出していくこともあります。
特別展ではワーキンググループの狙いや意図をくみ取りながら、共催者とパブリシティの方向を調整することも広報の仕事になります。数カ月前から共催者による公式ホームページが立ち上がることもあるので、当館のウェブサイトでも相互にリンクを貼りながら情報発信をします。
「国宝展」でもこういった特別展のルーチンに沿って準備を進めました。特別展ではタレントの起用やイベントなどによるPRも多いですが、本展については国宝を見ていただくことが一番ですので、直球勝負で挑みました。
「日本国宝展」のポスター。善財童子立像(左)と勢至菩薩坐像(京都・三千院蔵)
印象的なポスターに仕上がったと思います。個人的にこだわったのは展覧会全体で隠しテーマのように存在する合掌のポーズでした。
ポスターの作り方は総花的なものにするか、インパクト重視で一部の作品に焦点を当てたものにするのか、大きく2つあると思います。テーマの「祈り」をダイレクトに表現するものは何だろうかと共催者や当館のワーキンググループで考え、デザイナーさんにその意図を伝え、ブラッシュアップをし最終的にあのような形になりました。
善財童子立像は安倍文殊院(奈良県桜井市)にある5体一組の国宝の1体ですが、こうした形で善財童子がフィーチャーされることはこれまでなかったのではないでしょうか。
「国宝展」は10月からでしたが、4月の記者発表の段階でポスターのイメージはほぼ出来上がっていました。ビジュアルイメージは一度決めたら動かさない方がいいと思います。
ちなみに展示期間中に「心ひかれる祈りのかたち」はどの作品でしたか、という投票を当館ウェブサイトの「国宝展」ページで実施しました。この投票は、うちのウェブサイトで継続的にテーマを変えて行っている人気コーナです。
選択肢となる作品は私が選んだのですが、いずれも合掌ポーズが特徴的なもので、縄文時代後期の合掌土偶や17世紀の慶長遣欧使節関係資料の支倉常長像など仏教以外の祈りのかたちにも注目しました。その中で1位に選ばれたのが善財童子立像でしたね。
連日多くの人でにぎわった「日本国宝展」
「国宝展」「国宝 阿修羅展」といった特別展は、体制的にも知名度的にもこちらから働きかけをしなくてもメディアに取りあげられやすいものですが、総合文化展や自主企画展はこちらから売り込んでいく必要があります。そういう意味では「親しみやすさ」「わかりやすさ」もどんどん発信していきたいですね。
加えてメディアの方とは信頼関係が大切だと思っています。2014年4月に本館の一部と、正門のリニューアルをしました。その機会をとらえメディア懇談会を設けました(第2回)。館内の展示を見ていただき、理解を深めてもらうとともに、研究員や職員と語らう機会をもっていただくのが目的です。
メディアに取りあげていただくことは大変ありがたいことですので、取材などにはなるべく対応するよう心掛けています。
SNSやブログは、メディアの方にも一般の方にも博物館の魅力をよりわかりやすく、親しみやすさをもってもらうためのツールとして活用しています。どうしてもトーハクというと「真面目」「堅い」というイメージを持たれますが、そういうものを取っ払ってもらうためにもSNSやブログはとても有効ですね。
2014年4〜12月のウェブサイトのアクセス件数は296万4000件と、年々増えています。ウェブサイトのスマートフォン版を昨年12月にリリースしたこともアクセスの伸びにつながりました。
総合文化展をめぐる見学コースを紹介する『トーハクなび』
『トーハクなび』は総合文化展を鑑賞するために5つのコースやスタンプラリーなどを収録しているアプリで「体験型コンテンツ」を選択すると、蒔絵の制作工程や金剛鈴の音などを体験することができます。
作品により親しんでもらえますし、何よりトーハクの館内は大変広いですので、どこからどのように見たらいいのか、指針を与える、そんなツールにもなっています。
ただし、バーチャル体験で完結してしまうことなく、実際にトーハクに足を運んで「モノ」を見たいと思っていただけるようなコンテンツづくりをすることが大事だと考えています。
東洋館ではアジア文化を紹介するという館の性格上、既に多言語による作品キャプションを整備しました。日本語のほかに英語・中国語・韓国語に対応しています。本館では日本語・英語・中国語(簡体・繁體)・韓国語・ドイツ語・フランス語・スペイン語の8言語による案内パンフレットを用意しています。
既に英語版をアップしている『トーハクなび』の「日本美術の流れコース」でもそうですが、外国人対応をどのように進めていくかは、今後の大きな検討課題です。
実際に近年はトーハクにも外国からのお客様が増えてきました。ソフト・ハード両面で外国人のお客様にも楽しんでもらえるよう、どういったことが可能なのか、館全体として早急に取り組む必要があります。
SNSを含め、ウェブを活用したPR方法についてはまだできることはたくさんあると考えています。より話題になるようなコンテンツづくり、一例を挙げるとネットを通じて拡散していくような動画づくりに今後は取り組んでいきたいと思っています。