ケーススタディー: 吉野家ホールディングス様
(2014年3月号掲載)
吉野家ホールディングス
グループ商品本部・商品開発部長
菅原正一氏
「味と品質を日々磨き上げていく」
仕事柄、スーパーの惣菜コーナーを見て回るのですが、お弁当の値段は安くなっているけれど品数が減って見た目や量もさびしい感じがしますね。これは本当にお客様が望んでいることなのだろうかと思いました。
その一方で、少食といわれるお年寄りや女性がグループでたくさんの量のランチを召し上がっている光景に出会います。若者もお年寄りもお金を多少なりとも払って、おいしいものを納得いくまで食べたい、そんな欲求をもっているように感じています。
そんなお客様に応えたいと『鍋』を投入しました。高付加価値でお値打ち感、これまでの吉野家とはひと味違う新しさもあってお客様にご支持いただいているのではないかと思います。
『牛すき鍋膳』『牛チゲ鍋膳』発表会でアピールする安部修仁社長
昨年度の冬季の開発計画は「鍋」でした。吉野家から連想されるのは肉ですから、まず考えたのは肉をお客様にたくさん召し上がっていただこうということです。肉も野菜もたっぷり摂れる鍋にしたいと思いました。
『鍋』は、以前にも似た商品がありましたので、その反省や成果を盛り込みながら、マーケットの状況と合わせて開発したのが今回の『牛すき鍋膳』であり『牛チゲ鍋膳』です。
初めに原価を考えず商品設計したら売価が700円くらいになりました。これを580円にまで落としました。
肉の量は譲れないので野菜など他の具材で調整するしかありません。カットの大きさ、スライスの厚さを1つ1つ見直しながらコストを抑えていきました。
また、「熱いものを熱いままに」ということで固形燃料を使用するに至りましたが、卓上用のあらゆる加熱器具を取り寄せてテストしました。安全性の担保については最大限に配慮して、オペレーションの手順を何通りも検証しました。
火を含み多くの備品を使うので、これまでの商品と違い比較的煩雑な運営になっています。どうすれば効率よくオペレーションできるのかといったマニュアル作りをはじめとして、我々としては準備に時間をかけて現場に落とし込んでいます。現場のストレス負荷を最小限にするようにしています。
『牛すき鍋膳』(上)と『牛チゲ鍋膳』(下)
お客様が吉野家に期待されるスピードの部分、これは従来とは違いますので「少々お時間をいただきます」というお声掛けをさせていただきました。
お客様には「ごゆっくり召し上がってください」と言いながら店側は相変わらず猛スピードですよ。仕込みのスペースもあまり取れない中での作業は大変だったと思います。現場のオペレーション力に支えられてスムーズに提供ができたと思います。
『鍋』は高付加価値商品でお値打ち感を出しました。それともう1つ、店内でゆっくり食事を楽しみたい女性やお年寄りに新しい食事シーンを提供できました。最初から最後まで熱々なので、『鍋』ならゆっくり味わうことができるとのご支持をいただきました。
特に夜の売り上げが伸びており、トータルで見れば客層が拡がったことで、客数も増えました。
「ごゆっくり」ということに絞り込み、これまで吉野家に縁遠かったお客様へのメッセージの打ち出し方もよかったと思っています。
ベースは明治時代から庶民にも拡がった『牛鍋』にあります。とりわけタレについては時間を相当かけて開発しましたので、これをもとにしながら磨き上げてさらに進化したタレが作れたのではないかと思います。
それは常々、吉野家が『牛丼』の品質を向上させ、さらにおいしくするために追求している普段の取り組みでもあります。
商品は出して終わりではなく、日々ブラッシュアップしていくのです。日頃の成果を『牛すき鍋膳』にも生かすことができました。
それぞれターゲットを分けるようなことはしません。吉野家は大衆商品を扱っているわけですから。間口は広く取り、全てのお客様に吉野家の味を体験していただきたいですね。
『牛丼』の位置付けはコア商品、これは動きません。『鍋』は客層を拡げるための商品です。吉野家は元々、お1人様のお客様が非常に多い。ご家族で、グループで、カップルで『鍋』を楽しんでもらえればと思います。
郊外の店舗でも若い女性の1人客が『鍋』を召し上がっている光景も珍しくなくなりました。これまで見られなかったことです。
吉野家には牛肉以外に豚やカレーメニュー等もございますし、肉を煮るだけでなく焼いた商品や栄養バランスに配慮した商品もあります。幅広いお客様にご利用いただけるよう継続的に工夫してまいります。
2007年くらいから郊外店舗を中心にテーブル席を設けるなど家族やグループ客向けに切り替えていきました。これからは女性にも来ていただきたいという思いを持っています。
商品開発と合わせて、こうした店づくりに本腰を入れていますが、すぐに効果が現れるものでもありません。長期的な視野で取り組んでいかなければいけないと思っています。
ただ、我々も店内を見回してみて随分と客層も変わってきたのを感じます。まいた種が今、少しずつ芽が出始めているのかもしれませんね。
2004年にBSE問題で『牛丼』をお出しすることができなくなって、我々も試行錯誤で様々な商品をご提供しました。多くの商品を繰り出しながらお客様の嗜好を確認しました。
吉野家はそれまで単品商売でした。この単品商売ゆえに苦渋をなめたこともありましたが、コアの『牛丼』を日々進化させてきたからこそ、倒産を経験しながらも100年生き残ることができたとも言えます。
『牛丼』に限らず商品を出して終わりではなく、常に磨き上げるという吉野家の基本的なスタンスを守り、マーケットのニーズやお客様の好みに応え続けていく姿勢は変わりません。
4月から導入開始した新『牛丼』。
煮込み段階で玉ねぎも増量した
新しい『牛丼』のお披露目をメディアに向けて3月25日に行いました。
牛肉の熟成について長年研究してきた成果が見えてきたこと、デフレという経済状況で消費者はずっと我慢してきて我慢もそろそろ限界にきていたこと、それが4月の増税というタイミングと合いました。『牛丼』においても『鍋』同様、高付加価値商品をお値打ちの価格でお出しするのは今だろうと考えたわけです。
記者の方にも召し上がっていただき、その体験をもとに記事を書いていただきたいと発表会という形を取りました。メディア関係者も我々が想像していたよりも多く、来場者数は80人ほどでした。
長く苦戦を強いられた吉野家が変わり始めてきて、次の一手はどうなんだろうと関心を持っていただけたのではないでしょうか。
こだわったのは肉の熟成。右側の2週間かけ解凍した肉と従来の解凍肉を比較し報道陣に公開
新しい『牛丼』に4月から順次切り替えているところです。
こだわったのは肉の熟成で、自社工場においては、じっくり2週間かけて解凍することで肉が柔らかくなり、舌触り、歯触りも今まで以上にソフトに感じてもらえると思います。
タレについても白ワイン(発酵調味料)の配合比率も引き上げたり、ジンジャーの量も増やしたりして風味や香りも変わり、とてもメリハリのあるものになりました。
いや、満足してはいません。こんなこともできたんじゃないかな、こうしたらどうなるのだろうと仮説を立ててすぐ次を考えてしまいますね。
『牛丼』へのこだわりがそうさせるのでしょう。『牛丼』をお好きなお客様の思いをしっかり受け止めて研究を続けていきたいと思います。
今回の『鍋』は高価格帯商品ではありましたが、お客様に十分その魅力は伝わったのかなと思います。そしてお値打ち感を理解していただけたということは、それだけお客様が食べたいものを納得いくまで食べたいという欲求が強いということを改めて感じました。
吉野家という企業は、トップから現場に至るまでクオリティーにこだわる姿勢をもっています。
私どもは原材料1つ1つに対してもなおざりにはしませんし、それを開発者も共有してものづくりに取り組んでいます。営業もお客様に喜んでいただきたいという思いで奔走しています。全てのスタッフが一体となって吉野家を支えているのです。
吉野家のコンセプトである「うまい、やすい、はやい」でも、その優先順位の高いテーマに特化して問題点を見つけ出し、改善に改善を重ねていくという習慣が根づいています。
繰り返しになりますが『牛丼』のみという単品ビジネスを長期にわたって営んできたからこそ育まれたのだと思います。我々はこれを吉野家の強みとして次世代に継承していかなければなりません。